教授挨拶
東京大学皮膚科学教室教授
佐藤伸一
1.東京大学医学部皮膚科学教室の発展
2009年7月に東京大学に着任して以来、約12年が経過しました。この12年間、基礎研究を広く展開するために、大学院生を増やし、教室内に動物実験施設を2部屋開設し、フローサイトメトリー、セルソーターなどの最新の研究機器を充実させてきました。その結果、英文論文は質量ともに飛躍的に増加し、J Immunol、Arthritis Rheumatol、Am J Pathol、J Invest Dermatol, Cancer Res、Bloodなどにコンスタントに論文が掲載されるだけでなく、2014、2015、2021年にはNat Commun、2015、2021年にはProc Natl Acad Sci USA、2017年にはJ Exp Medと総合科学雑誌にも論文が掲載されるようになりました。また研究医育成という観点から、まだ体力的にも充実している30歳代前半での留学を奨励し毎年複数名が海外に留学しています。
一方、関連病院での皮膚科医の増加、関連病院への医師派遣の安定化、さらには新たな関連病院への派遣など、関連病院での皮膚科診療の充実も図って参りました。また、女性医師が出産後に大学で働く場所を提供すると共に、出産後のキャリア支援も行ってきました。さらに、女性用休憩室や仮眠室、男性用仮眠室を教室内に設置し、勤務環境の改善にも努めてきました。その結果、着任時66名であった教室員は135名と倍増し、皮膚科研究、診療、教育において、国際的にも大規模な拠点となったものと考えております。
2.東京大学医学部皮膚科学教室の理念
当教室は、従来より教室の理念として「人を大切にし、人の役に立つ」ということを掲げてきました。もちろん、この理念には、教室員を優れた皮膚科医、皮膚科研究者、そしてリーダーとなるように大切に育成するという意味が含まれています。また一方で、医師であるという視点からは、この理念は患者さんの役に立つということを目指すものです。この患者さんの役に立つという目標を達成するために、当教室は、長期的であっても短期的であっても患者さんに還元できるようなトランスレーショナル・リサーチを進めてきました。
3.患者さんに還元できるトランスレーショナル・リサーチの推進
特に、膠原病の中で、治療法の開発が著しく遅れている全身性強皮症の新規治療法の開発に最も力を入れてきました。2012年には、全身性強皮症に伴う肺線維症や皮膚硬化に対して、抗CD20抗体(リツキシマブ)によるB細胞除去療法の有効性を評価するために自主臨床試験を開始し、肺線維症や皮膚硬化に対するリツキシマブの有効性が示唆されました。それを受けて、2017年11月より開始した、全身性強皮症に対するリツキシマブの医師主導による、プラセボ対照、ランダム化二重盲検試験(DESIRES試験)では、リツキシマブの皮膚硬化への有効性を証明することができました。このリツキシマブの医師主導治験は、スキン・スコアを主要評価項目として、プラセボと比較して有意差がついた“世界初”の治験です。教室から、このような世界初の新規治療法を世に送り出せたことは、多くの強皮症患者さんに大きな福音をもたらし、教室の理念にも合致する成果であると考えております。本研究成果はLancet Rheumatologyに掲載され、リツキシマブの保険収載は2021年8月頃を予定しています。
また、2019年5月に開始した抗IL-17RA抗体であるブロダルマブの、全身性強皮症の皮膚硬化に対するプラセボ対照二重盲検比較試験(第III相試験)も終了し、2021年7月のキーオープンを待つばかりとなっています。さらに、全身性強皮症に対する、Btk阻害薬の探索的第I相試験や抗IL-23p19抗体であるグセルクマブの検証的第II相試験も開始しています。このような全身性強皮症に対する、新規治療法開発の臨床研究に至る過程と今後の展望については、下記のインタビューに詳しく記していますので、ご参照頂ければと思います。今後も、このようなトランスレーショナル・リサーチを強力に進めていきたいと考えています。
さらに、基礎研究の成果を臨床に還元できる、次世代を担う皮膚科研究者そして皮膚科のリーダーを育成することも東大皮膚科の重要な使命と考えています。基礎研究、トランスレーショナル・リサーチ、そして人材の育成などを通じて、教室の理念である「人の役に立つ」の実現に繋げたいと思っています。東京大学皮膚科学教室は、このような社会的ミッションを果たすべく、診療、教育、研究に誠心誠意努力していきたいと思っております。暖かいご支援を賜りますようどうか宜しくお願い申し上げます。
2021年5月現在
【インタビュー】 当科教授 佐藤伸一
今回は当科教授の佐藤伸一のライフワークである強皮症研究についてインタビューを行いました。
●強皮症の研究を始めたきっかけを教えてください。
強皮症との最初の出会いは、卒後すぐに入局した皮膚科の病棟勤務で、肺線維症によって呼吸不全に陥っている強皮症患者さんを担当したことです。酸素投与量を適正化するため、夜何度も動脈採血をしたことを思い出します。これが縁で、当時東大の講師で強皮症外来のチーフをされていた竹原和彦先生(現金沢大学皮膚科名誉教授)に強皮症外来に参加しないかと誘われました。竹原先生からは強皮症の診療だけではなく、研究の姿勢、組織運営など様々なことを教わりました。
強皮症は現在も十分な有効性を示す治療法はなく、膠原病のなかで最も新規治療法の開発が遅れ、最後に残っている難病です。肺線維症は予後を規定する一番重要な合併症ですが、当時、肺線維症に対して有効な治療は全くなく、むしろ余計な治療をして副作用がでると有害なだけになってしまうため、無治療で傍観するというスタンスをとる先生が多かったと思います。肺線維症が進んでいく様子を目の前にして、無力感にとらわれ、なんとかしなくては、という思いがありました。
●最初は、どのような研究をされたのですか?
強皮症が何故起こるのかは不明ですが、強皮症では自己抗体が90%以上の患者さんに陽性となるため、自己抗体は何らかの形で、強皮症の発症に関わっていると考えられています。限局性強皮症は、全身性強皮症とは異なる病気ですが、皮膚硬化が生じるプロセスは共通していると考えられています。この限局性強皮症では、全身性強皮症と同様に自己抗体が高率に陽性となりますが、限局性強皮症で、自己抗体が結合する自己抗原が何であるのか、は不明でした。そこで、先ずはこの限局性強皮症で検出される自己抗体の対応抗原を明らかにすることを研究テーマとしました。私自身は大学院に入学したわけでもなく(当時、皮膚科では大学院が機能していませんでしたので、大学院生は1人もいませんでした)、この研究に必要な実験器具などもなく、1から研究を始めましたが、何とか対応抗原がヒストンであることを証明することができました。その後多くの追試があり、この結果が正しいことも明らかにされています。この研究成果で医学博士を取得し、留学することを決心しました。
●留学中は、どのような研究をされたのですか?
強皮症で自己抗体を産生するのはB細胞という免疫担当細胞であり、B細胞が自己抗体を産生する機序が分かれば、強皮症の発症原因も明らかにできるのでは、と考えました。そこで、当時アメリカでB細胞の研究を精力的に行なっていたデューク大学医療センター免疫学教室のThomas F. Tedder教授のもとに留学しました。Tedder教授の研究室では、初めての日本人留学生であり、それまで基礎免疫学の実験を行った経験もなく当初は苦労しました。しかし、留学後半年ほど経って、CD19という分子がB細胞の自己抗体の産生に関わっているということを発見することができました。CD19はB細胞に特異的に発現している重要なシグナル伝達分子ですが、CD19をマウスでノックアウトするとB細胞の機能が低下して、抗体産生も減少します。逆にCD19の発現を増加させると、抗体産生も上がりますが、同時に自己抗体も産生されるようになります。CD19の発現量を様々に変えたトランスジェニックマウスを作ることによって、CD19の発現量と正比例するように自己抗体が産生されることも分かりました。
●帰国後は、どのような研究をされたのですか?
留学から帰ってすぐ、竹原先生が教授を務められていた金沢大学皮膚科に講師として異動しました。竹原先生からは留学中に帰国後、金沢大学に来ないか、とお誘いを受けていましたので、竹原先生の元で自由に研究がしたいと考え、異動することにしました。留学中の研究成果から、強皮症のB細胞ではCD19の発現が増加しているのではないか、CD19が増加しているから自己抗体が産生されているのではないか、というシンプルな仮説を立てて研究を始めました。やってみると実際に強皮症患者さんのB細胞では、CD19の発現が20%ほど増加していました。また、強皮症患者さんのB細胞、とくにメモリーB細胞が異常に活性化していることも見つけました。
そこからはマウスを使った研究を行ない、CD19の発現を強皮症患者さんと同程度の20%だけ増加させたトランスジェニックマウスを作ると同じように自己抗体を産生すること、さらに強皮症のモデルマウスでCD19をノックアウトすると、B細胞からIL-6という線維化を誘導するサイトカインの産生が低下し、皮膚硬化が良くなることを見いだしました。B細胞が皮膚硬化を誘導する機序についてですが、強皮症の場合、自己抗体そのものには病原性はないとされているので、私たちが考えたのは、自己抗体を産生する、慢性的に異常に活性化した自己反応性B細胞がIL-6などのサイトカインを産生して、そのサイトカインが線維芽細胞に働きコラーゲン産生を誘導して皮膚硬化をきたすというモデルでした。以上の基礎研究から、B細胞は強皮症の新しい治療ターゲットになると考えました。
●B細胞をターゲットとした新規治療法の開発について教えてください
金沢大学に7年間在籍した後、長崎大学に教授として異動になりました。長崎大学には5年間勤務しましたが、私が異動した年に初期研修が義務化となり、2年間新入局員がありませんでした。幸いなことに、その後は多くの方に入局して頂きましたが、長崎大学時代にはマンパワーの問題でリツキシマブの臨床試験を行うことができませんでした。2009年に東大に戻ってから、B細胞をターゲットにした治療を開始しようということで、2012年から抗CD20抗体であるリツキシマブによるB細胞除去療法の自主臨床試験を始めました。ただ、試験を始める前に、アメリカで強皮症に対してリツキシマブを使用して効果をみた論文が発表されましたが、その論文ではあまり効果が見られなかったということで少しがっかりした時もありました。しかし、その後ヨーロッパから、強皮症に効くという報告が出され、本当に効くのかどうかをはっきりさせるために、自分でもやってみようということになりました。報告によって効果に差がある理由については、その後のマウスを用いた実験によって、リツキシマブの投与方法の違いによることが分かっています。
これまで、残念ながら、強皮症の治療については、連戦連敗の敗北の歴史でした。前述したように、最初は無治療で傍観するしかなく、その後シクロホスファミドが強皮症の肺線維症に対してプラセボと比較して有効であるという報告が2006年にアメリカから出ました。この報告を受けて、私たちもシクロホスファミドを金沢大学在任中から使っていましたが、シクロホスファミドは総投与量に上限があって月1回の点滴が6~12回で終わりとなります。点滴で治療している時には確かに少し咳が改善して、肺の間質影や呼吸機能もわずかばかり改善することもあるのですが、6~12回の治療が終了して治療をやめると、元に戻ってしまい長期的な予後は変わらないと感じていました。その後、シクロホスファミドの最初の臨床試験の続報が出て、シクロフォスファミド治療では長期的な予後は変わらないことが示されました。リツキシマブの自主臨床試験を始めるまでは、シクロホスファミドの治療を積極的に行なってきましたが、結局何も変えることはできませんでした。
リツキシマブの自主臨床試験を開始して、1例目の患者さんは残念ながら効かなったのですが、2例目からはとてもよく効きました。2例目の患者さんで驚いたのは、予想しないぐらい肺機能が大幅に改善したことです。肺活量やガス拡散能力が10%以上良くなり、初めて病気の勢いを治療で押し戻すことができました。これはこれまでに経験したことがなかったことで、新たな治療の可能性を実感しました。3例目は20代の若い女性でした。肺線維症も皮膚硬化も相当重症であり、通常の治療ではとても病気に対抗することができず、予後は良くないという印象でした。しかし、リツキシマブで皮膚硬化も肺線維症もすごく良くなって、今までに経験したことのないような著しい改善を目の当たりにすることができました。
このように確かな手ごたえがあり、2017年11月から医師主導の治験である「全身性強皮症に対するリツキシマブの、プラセボ対照、ランダム化二重盲検試験(DESIRES試験)」を始めました。幸いなことに、この試験によってプラセボと比較して、リツキシマブは主要評価項目であるスキン・スコア(皮膚硬化を半定量的に評価する指標)を有意に改善させることを証明できました。また、副次評価項目ですが、%努力性肺活量もプラセボと比較して、リツキシマブによって有意に改善することも明らかとなりました。強皮症では、スキン・スコアを主要評価項目として、これまで数多くの治験が行われてきましたが、プラセボと比較して有意差を示すことのできた薬剤は一剤もありませんでした。ですので、プラセボと比較して、主要評価項目であるスキン・スコアを有意に改善させた、このリツキシマブの治験は史上初の成果となります。
このようにリツキシマブは、皮膚硬化、肺線維症に有効であることが分かりました。さらに、前述の自主臨床試験で、リツキシマブは爪郭部の毛細血管を増加させ、皮膚で血液が流れる速度も速くできることが分かっており、患者さんからも皮膚潰瘍が治った、レイノー症状が改善したといった声も多数聞かれ、強皮症に伴う血管障害も改善できる力を持っています。このように、リツキシマブは皮膚硬化や肺線維症だけではなく、血管障害も改善させると考えられます。これらの結果から、強皮症の皮膚硬化、肺線維症、血管障害といった病態にはB細胞が深く関わっていて、リツキシマブによる治療はこのB細胞を除去することによって、高い有効性を発揮していると考えています。
●強皮症治療の今後の展望について教えてください
今後は新しい治療ターゲットの同定を目指しています。B細胞には病気を起こしているB細胞だけではなく、病気を抑えている抑制性のB細胞も存在することが分かっています。リツキシマブは悪いB細胞も良いB細胞も全部まとめて除去してしまいますので、この観点ではあまり洗練されていない治療法ともいえます。治療ターゲットとして、強皮症の病態形成に関係があるB細胞サブセットを同定して、そのサブセットだけに絞って除去できれば副作用も少なくなるはずです。現在、工学部とも連携して新しい治療ターゲットを同定しようと努力しています。
また、他にも特定の分子をターゲットにした生物学的製剤を利用して治験を進めています。リツキシマブの例は、いわばヒトでB細胞を除去したノックアウトヒューマンを作るということに他なりません。生物学的製剤を使うことによって、ターゲットにした分子が、その病気で重要なのか、あるいは重要でないのか、ということが、ヒトにおいて事実として分かるのです。ヒトで有効かどうかが分かるというのは非常に大事なことです。もちろんマウスの実験も重要ですが、マウスで得られた結果がヒトにも当てはまるかどうかは分かりません。マウスで効いてもヒトで効くかどうかは別問題です。しかし、生物学的製剤を用いた場合に、ヒトで効果が認められるのであれば、そのターゲットとする分子がヒトの強皮症で重要であるという明確な根拠となります。
私たちがここ10年で学んだのは、ヒトで得られたデータは間違いのない事実で、その事実からスタートした方が開発期間を短くできるのではないかということです。実際、リツキシマブの開発については、私が初めて強皮症でB細胞の異常を発見しJ Immunolに報告したのが2000年ですので、それから約20年もかかってしまいました。ですので、最近は、強皮症に効果があるかも知れない生物学的製剤については、まず探索的第I相試験で、効果があるのかどうかを確かめて、効果があるようでしたら、直ぐに第III試験に入って、科学的に有効性を証明し、できるだけ早く患者さんのもとに届けられるように最大限の努力を払っています。この方法で、近く有効性が明らかになることが期待されている薬剤が、抗IL-17RA抗体であるブロダルマブです。2021年7月にキーオープンですので、その1年半後ぐらいには承認までもっていきたいと考えています。この薬剤の開発については、2017年12月に探索的第I相試験を開始していますので、かなり短い期間で開発が進んでいると思います。さらに、同様の方法で、現在B細胞の機能を低下させることができるBtk阻害薬および抗IL-23p19抗体であるグセルクマブの治験も開始しました。これ以外にも、治験を行うことが既に決定し、現在その準備をしている薬剤が2剤あります。
これまで、強皮症という病気を一貫して研究してきて、やっと最近、有効性の高い新規治療法を開発することができ、これまで連戦連敗で苦杯をなめ続けてきた強皮症という病気に抵抗して、押し戻せるようになってきました。強皮症は大変な病気で、患者さんの人生を変えてしまう病気です。昔私が診ていた患者さんに、この新規治療法をもっと早く行なうことができていれば、良くできたかもしれないと思うと本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになります。これまでの経験を通じて、やはり東大のマンパワーがないと自主臨床試験や治験を行なうことは難しかったと感じています。これからも東大が先陣をきってやらないと、と思っています。
教授プロフィール
氏 名 (ふりがな) :佐藤 伸一 (さとう しんいち)
生年月日:昭和38年8月9日
現 職:東京大学大学院 医学系研究科 皮膚科学 教授
略歴
1989年3月 東京大学医学部医学科卒業 |
1989年6月 東京大学医学部皮膚科学教室に入局 |
1989年7月 東京大学医学部附属病院 皮膚科 助手 |
1994年12月 医学博士取得 |
1994年12月 米国デューク大学 免疫学教室に留学 (B細胞の分子細胞免疫学を研究) |
1997年7月 金沢大学医学部附属病院 皮膚科 講師 |
2002年4月 金沢大学大学院 医学系研究科 皮膚科学 助教授 |
2004年9月 長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 皮膚病態学 教授 |
2009年7月 東京大学大学院 医学系研究科 皮膚科学 教授 |
2019年4月 東京大学医学部 国際交流室 室長 |